秒速5センチメートル

秒速5センチメートル

作品ユーザーレビュー
tyonmagekunsanさん

貴樹は明里を思い続けていたのではない。
明里以上の何かを追い求めていたのである。

祝福と呪いは対である。貴樹は祝福と呪いを受けた。

明里と桜の木の下で交わした口吻。
それには貴樹の人生観が変わるほどの輝きがあった。
「その瞬間、永遠とか心とか魂とか言うものがどこのあるのか分かった気がした。」
「あのキスと前と後とでは世界の何もかもが変わってしまったような気がした。」

それが貴樹の受けた祝福である。

「とにかく前に進みたくて、届かないものに手を触れたくて、
それが具体的何を指すのかも、ほとんど脅迫的とも思える思いが、
どこから湧いてくるかもわからずに、僕はただ働き続けて・・・。」

それが彼の受けた呪いだ。

「必死にただ闇雲に空に手の伸ばして、あんなに大きな塊を打ち上げて
気の遠くなるくらい遠くにある何かを見つめて・・・・
遠野くんは私を見てなんかいない事に私は気づいた。」

これは澄田花苗の言葉だが、水野理紗との関係においても同じであり、
そして明里でさえ同じなのだ。

明里自身が貴樹の求めるものならば彼は明里と再会を果たしていただろう。
彼の思いはそれほど切実であったはずだ。
しかし、彼はそうはしなかった。

彼の求める明里は、あの日あの時あの場所での明里の思い出だからだ。
そして、その思い出以上の何かを貴樹は求め続けてしまうのだ。
その脅迫的ともいえる欲求は貴樹を苦しめ続ける。

貴樹は、輝きという祝福と引き換えに、
それ以上の輝きを欲してしまうという呪いを受けたのだ。